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日本のバブル崩壊以後へ対米資金供給のポテンシャルはやせ細り、90年代初めのドルをめぐる環境は一段と厳しくなっていた。
クリントン新政権にとっては、何よりドルの安定・強化こそが最重要課題になるはずであった。
また、先のジェフリー・ガーテン自身を含め、多くのウォール街出身者やマクロ経済学者が政権入りしたクリントン政権は、民主党政権とはいうものの、国際金融市場への理解はそれなりに持ち合わせているものと予想された。
ところが、ここに、その後の経緯に照らして興味深い一つの報告書がある。
アメリカの88年包括貿易法にもとづく「競争力政策評議会」が大統領選に向け発表したもので、そこでは、為替レートを「競争力」を維持するように設定することが求められている。
「日本には自分の鍋で自分を煮させろ」が持論の円高論者、フレッド・ハーグステン(国際経済研究所長)が報告書を起草している点からも、その後のクリントン政権の対日経済政策はあきらかであった。
クリントン大統領は就任間もない93年4月、日米首脳会談に際して「日本の黒字削減には円高が有効」と発言した。
これは日本に包括経済協議を押しっけるためであったにせよ、自国通貨の価値がさらに下落することを望むという、基軸通貨国のリーダーとしては異例の発言であった。
市場は、当然のことながら、この政権が基本的に円高を望んでいるという認識を持つことになる。
加えて「日本の黒字が世界の成長を阻害する」というベンツェン財務長官の発言がこれに拍車をかけた。
これらの発言を受け、円は93年初めの1ドルが20円程度から8月には100円すれすれにまで切り上げられた。
しかし、こうした新政権の円高攻勢は、アメリカにとっても、薄氷を踏むような危険な賭けであった。
円高攻勢は、一歩誤れば円の独歩高からマルク高、つまりドルの全面安へと移行しかねない。
93年夏にかけてのこの動きは、ドル全面安に連鎖するのを懸念したアメリカの声明および市場介入となって、ひとまず収束した。
94年二月の日米包括協議が決裂すると、クリントン大統領は「貿易戦争」を宣言し、円はふたたび揺さぶられる。
しかし、揺さぶられたのは、今度は円だけではなかった。
いかにアメリカにとって自動車の貿易不均衡が重大であったにせよ、この「貿易戦争」宣言は、FRBが2月から長い金融緩和に終止符を打とうとしていたことを考えれば、あまりに素朴にすぎたといえよう。
円高誘導で日本を追いつめる目的のところが、金融市場も動揺の兆しを見せたからである。
続く4月末に、カンター通商代表の強硬発言を引き金とする円高は、ついにドル全面安へと転化した。
長期金利が上昇し、資本市場の動揺を恐れた財務長官が「ドル安を望まず」との声明を発表し、並行して日米欧の通貨当局がドル買いの協調介入を行う一方、アメリカは公定歩合を引き上げることになった。
このように見てくると、クリントン政権の円高攻勢は、基軸通貨国の為替市場に対する特権的な影響力を背景に、ドル自体の暴落を回避しつつ、慎重かつ大胆に進められたといえよう。
その結果はといえば、成功であったというほかはない。
円の動きをたどると、94年7月中句には、ナポリ・サミットで為替安定策が打ち出されなかったことから再び急騰し、1ドル=96円にまで突き進んだ。
そして、95年4月には、ついに80円を割り込むことになる(本章扉図参照)。
プラザ合意前の250円から80円まで、10年に及ぶ円高の波に振り回されて、日本経済は甚大な打撃を受けたわけだが、七ドルが80円を待たず、バブル崩壊後の90年代に入ると、円高によるダメージは一気に顕在化した。
対米資産の大幅な減価に加え、円高によって生じた生産コストの歴然たる格差がモノ作り部門を直撃するのである。
これに対して、アメリカは、円高によって失うものは何もなかった。
為替市場を味方に、辛くもドル暴落の危機をすり抜けて、未曾有ともいえる長期の景気拡大を続けることになる。
プレストウィッツ流に言えば、「日米再逆転」である。
円ベースだとどうなる。ここで、85年以来、波状的に続いた円高攻勢が、日米間の貿易構造にどのような変化をもたらしたのかをまとめて見ておこう。
プラザ合意の直接的影響についてはすでに簡単にふれておいたが、以後10年に及ぶ円高は、貿易構造に決定的な変化をもたらした。
第一に、日米間の貿易不均衡は、あきらかに縮小していた。
90年代に入って、貿易不均衡が、表面上、ふたたび拡大していたかに見えたが、これは貿易統計が慣習的にドル・ベースの数字を多く用いるためである。
日本の貿易黒字は、89、90年に減少が目立ったが、91年からは再び増加し、92年には1300億ドルと、90年比倍増した。
貿易黒字のうち最大の対米分は、90、91年にはやや減少していたが、92年には440億ドルと89年の水準にほぼ戻ってしまった。
以上はすべて、ドル・ベースによる記述であり、クリントン大統領が就任早々目にしたのも、このドル・ベースで記された貿易不均衡であった。
ところが85年以降、もはやドル・ベースでは、日米間貿易の実態が的確に示せなくなっていた。
円ベースではどうであったか。
円ベースで黒字が最大だったのはプラザ合意時、85年の9.1兆円で、その後は減少を続け、97年には5.2兆円と、ピーク時より半減した。
円ベースでは対米貿易黒字ははっきり減少しているのである。
このような円ベースとドル・ベース間の承離は、対米貿易のなかでも、輸出、輸入のうち主として対米輸出に著しい。
85年以降、対米輸出のドル・ベースと円ベースの数字は大きく離れ、85~92年の間を見てみると、円ベースでは2割強の減少なのに、ドル・ベースでは2割近く増加している。
一股に、輸入国は、その国の通貨が輸出国や第三国通貨に対して下落すると、以前と同じ量の輸入を続けようとすれば、自国通貨ベースの支払額を増加させなくてはならない。
これは輸出国通貨建ての輸入の場合はとくにわかりやすいが、輸入国やさらに第三国通貨建ての場合でも、輸出国側が建値引上げに動くため、やはり支払額は増加する。
ドルが対円で下落すれば、ドル支払額が増大するのは自然な現象である。
日本の対米輸出額がドル・ベースで増加しても、それは輸出企業がドライブをかけたということではなく、前章でもふれたように手取り額の減少を多少でも埋め合わせようとしたにすぎない。
その意味では、ドル安が続いた80年代後半の対米輸出額で、円ベースがドル・ベースを下回っているのは、輸出価格の引上げが満足に行われなかったものと理解されるし、数量ベースでは、当然、ドル高時代の実績を下回っていることになる。
円高攻勢が日本の輸出企業の競争力を弱めていたことが、はっきりと見てとれるのである。
そしてさらにいま一つ重要な変化は、対米貿易黒字が全体としては居すわっているように見えても、その内容は品目グループによって大きな変化があり、アメリカにとっての必需品を、日本が輸出する傾向がいっそう強まっていたことである。
対米輸出の品目を、「在来型の製品」グループ、「ハイテク・高機能製品」グループといったぐあいに大きく二群に分けてみよう。
「在来型」のグループとは、70年代、またはそれ以前からの対米輸出品目で、さして技術的要求度が高くない、一次加工品、化学製品、金属・同製品、繊維・同製品など、機械機器及び自動車といった品目である。
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